まるで人間社会のような複雑さが面白いスピングラス研究
私の専門は統計物理という分野で、その中でもスピングラスを対象とした研究に取り組んでいます。スピングラスとは、磁石の一種(磁性体)ではありますが、普通の磁石のように金属にくっつくという性質はありません。というのも磁性体は膨大な数のスピンという小さな磁石が集まってできていて、普通の磁石はスピンが同じ方向を向いているのに対して、スピングラスのスピンは好き勝手な方向を向いているという特徴を持っているからです。これは、たくさんの人がそれぞれの意見を主張し、「こちらを立てればあちらが立たず」という人間社会によく見られる状況と似ています。つまりスピングラスも膨大な数のスピンが個々に意見を闘わせていて、自分の意見が少しも通らないフラストレーション状態にあるのです。私はそういう状態で、スピンがどのように振る舞うのかを明らかにしようと研究をしています。
スピングラスは、それ自体、今のところ何の役にも立たない物質だと言われています。何の役にも立たない物質をなぜ研究するのかというと、スピングラスは物理の常識ですぐには説明がつかない、とても不思議な現象を起こすからです。その不思議な現象がなぜ起きたのかを考えることは難しくも面白いですし、説明をつけられたときは、すごくうれしいのです。
また、スピングラスそのものは役に立たなくても、スピングラスの研究で開発された解析的な手法やシミュレーション手法は、さまざまな複雑な現象を読み解くことに応用されています。みんなが好き勝手に意見を言っている複雑な状況の中で、大抵の人が満足できる答えを見つけることは難しいですよね。それをうまく見つけるにはどうしたらよいかということで、さまざまなシミュレーション手法が開発されているのです。私自身も効率的シミュレーション手法の開発に取り組んでいる一人で、いつか後世に長く残るような手法を開発できたらと思っています。
世の中にあるさまざまなネットワークも統計物理の範囲
学生の皆さんは、おそらくFacebookやmixiなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を利用したことがあると思います。2004年のデータによると、あるSNSの友達関係を6人たどると、そのSNSに所属する会員の約96%に到達できると報告されています。つまり、知り合い関係をたどっていけば、思いのほか簡単に世界中の誰にでも行きつくことができるというわけです。こうした人間関係のほか、食物網、交通網など、世の中にはさまざまなネットワークがあります。実はこうしたネットワークも、統計物理の対象範囲なのです。私が担当する授業のひとつ「自然科学論」では、そういうものを身近にある科学の例として紹介することで、文系・理系の学生を問わず、科学に興味を持ってもらえるよう努めています。
自分なりに考えて、解決する力を身に付けよう
大学時代はマンドリンオーケストラのサークルに所属し、クラシックギターと広報を担当していました。広報の仕事では、どうしたら自分たちの演奏会にたくさんお客さんを集められるかということを考えて、あちこちにポスターを貼らせてもらったり、広告を掲載してもらったりしていました。どうしたらよりよくなるかを自分なりに考えて、行動していたのです。振り返ってみると、そういう経験は、社会に出た今でも役立っていると思います。
ですから学生の皆さんにも、大学生の間に何か夢中になって取り組めるものを見つけて、それをうまく進めるにはどうすればよいか、自分なりに考える習慣を身につけてほしいと思います。社会に出て、仕事で何か課題を与えられたとき、誰かが丁寧にその解決方法を教えてくれるなんてことはありません。自分なりに調べたり考えたりして、何とか解決する方向に持っていかなければならないのです。そのためにも自分で考える力を、学生時代のさまざまな経験を通して養ってください。
大学1年生のときに読んだ『バークレー物理学コース 統計物理 上・下』と『エントロピーとは何か―でたらめの効用』が統計物理に興味を持つきっかけになりました
大学時代に所属していたマンドリンオーケストラのサークルで弾いていたクラシックギター。今では弾くこともなくなりましたが、ひとつのことに打ち込んだ学生時代の大切な思い出