女性たちが続けてきた「旅あきない」
「人はなぜ旅をするのか?」という問いを、民俗学から考えていくのが私の研究テーマです。実は「タビ」は古語です。人ははるか昔から旅をしてきました。現代では、旅行は楽しいものであり娯楽ですが、交通網や宿泊設備が整っていなかった頃は、旅は命がけでした。死を覚悟してでも出かけなくてはならない、人にとって必要な行動様式が「旅」だったのです。生きるために人々がどのような旅をしてきたのかを研究しています。
旅は交易の原点といわれており、行商や旅芸人なども旅のひとつの形です。私は学生時代から朝市の調査を続けています。時間を見つけては全国各地の朝市を巡ってきました。今でこそ観光で朝市を訪れる人が多いですが、もともとは何十年も通い続ける常連さんとの信頼関係で成り立っているのが朝市です。スーパーやコンビニエンスストアとは違い、朝市では「人にお金を払う」という実感があり、売る人と買う人との関わり合いがとても魅力的なのです。朝市や魚の行商などに携わるのは女性が多いのですが、どうやって生計を立ててきたのか、どんな生き方をしてきたのか、あまり記録に残っていません。朝市や行商という「旅あきない」をどのように続けてきたのか、生活の実態に迫ることを目指しています。
“良き旅人”とは? 旅人の役割を考えてみよう
「観光の民俗」という授業では、観光の成り立ちを考えていきます。今や観光は旅の主目的ですが、それはあくまで旅の一つの面に過ぎません。「旅はどのように生まれたのか」という歴史から学んでいきましょう。昔の人々が命がけで行ってきた旅が、どのように今の観光メインの旅になったのか、その変遷を一緒に学んでいきたいと思っています。
私は常々“良き旅人”になりたいと考えています。旅とは、「旅する人」と「迎える人」とで成り立っています。今の旅は、主として「旅する人」が一方的にサービスを受けていますが、旅の歴史をたどってみれば、そもそも旅人とは「福」や「幸」を授けて回る存在だったことがわかります。そうならば、“良き旅人”とはどんな人で、そうなるためにはどんな振る舞いをするべきなのでしょうか。さまざまな旅の形を知ることは、きっと私たちに新たな生き方のヒントを与えてくれるはずです。
「あるく・みる・きく」。フィールドワークの基本が視野を広げてくれる
学生時代は、裾野を広げ、自分の土台を作る時期です。視野を広げるためには五感をフル活用する必要があります。民俗学のフィールドワークの基本である「あるく・みる・きく」を実践して、いろいろな場所に出かけ、たくさんの人に会ってほしいです。フィールドワークという「旅」を通して多様な価値観に接することで、物事を考えるための引き出しが増えていきます。それまで気づかなかった自分の長所や短所も見えてくることでしょう。「自分を知る」という経験は、卒業後にどのような道に進もうとも、長い人生の中で必ずあなたの力になります。
24時間を自分のためだけに使える期間など、大学生のときしかありません。学校内に限らず、サークルやアルバイトなど、幅広い体験の中から学んでください。私の授業が、皆さんにとって何がしかの気づきのきっかけになればと願っています。
農家の主婦、末吉之子(ゆきこ)さんの日記です。之子さんは、学生時代から通っている千葉県大多喜朝市に約40年間出店していた方です。一部は著作『「市」に立つ―定期市の民俗誌』(創元社)の中に還元しましたが、之子さんの人生そのものをお預かりしているようなものなので、すべてに目を通すことが課題です
タコブネ(アオイガイ)です。タコの一種で、その名の通り中にタコが入っていて、このままスーッと泳いでくるそうです。鳥取の漁村で魚行商の体験を何度も聞かせてくださった伊藤増子さんからいただいた宝物です