理学部 数理・物理学科
伊藤 博 教授
Ito Hiroshi

研究分野 整数論

出身地/新潟県の魚沼地方
血液型/B型
趣味/合唱、散歩
子供の頃の夢/田舎を抜け出して都会に出ること
尊敬する人/加藤周一
愛読書/そう聞かれると思い付きません。あれも好きだしこれも好きだし…
休日の過ごし方/土曜夜に合唱団へ練習に行き、日曜は寝ているという感じです
好きな映画/「サウンド・オブ・ミュージック」「男はつらいよ」
好きな食べ物/中華そば

理学部 数理・物理学科 伊藤博 教授

数学の面白さは、定義が明確なのに、
その根底には理屈ではない感覚的な部分があることです。

数学の根底には、感覚的な、秩序めいたものがある

整数の性質について研究する整数論という分野を専門にしています。まずは、整数論を研究する人が、どういう現象に興味を持っているのかということからお話しましょう。例えば、3、5、7、11、13、17、19 …と素数があります。その中で、5という素数は、1の2乗と2の2乗の和で表せますが、3や7や11はそうは表せません。また、13は2の2乗と3の2乗の和で表せ、17もそういう形で書けますが、19は書けない。このように、例えば素数に着目した時、どんな数が整数の2乗の和で表せるかということに、昔からさまざまな人が興味を持って考えてきました。答えとして、4で割った時に1余る素数は、整数の2乗の和という形で表せ、4で割った時に3余る素数は、そういう形では表せないということが定理として明らかになっています。例えばこういう現象に興味を持ち、その本質や一般化などについて考えるのが、整数論の研究者なのです。

私にとって数学の面白さとは、ひとつには定義がはっきりしている点にあります。それと同時に、定義がはっきりして理屈が通っているのに、その根底には理屈で押し通せない、人間のイメージが渦巻いているような感覚的な部分がある。言葉にすると格好良すぎますが、理屈ではなく感覚として、この世界の秩序めいたものを感じるということが最初にあるのです。そういうところが魅力だと思います。

有限和の性質を明らかにする研究

具体的な研究内容としては、整数論の中でも特にガウス和やデデキント和などの有限和の性質について調べています。例えば、ガウス和というものは、平方剰余の分布に関係しています。7という素数に注目するとして、7で割れない整数の2乗を7で割ると、その余りは1から6の間の数になります。このような数を7を法とする平方剰余と言います。そして、1、2、3、4、5、6の各々の2乗の1、4、9、16、25、36を7で割ると、1、4、2、2、4、1となることから、余りの数である1から6の間で、平方剰余は1と2と4、平方剰余でないのは3と5と6であることが分かります。この場合、余りの数である1から6までを真ん中で区切ると、その左側である1から3の側に平方剰余が多いということになっています。同様な事が実は、7を法とする平方剰余についてだけではなく、11、19、…など4で割ると3余る素数を法とする平方剰余についても成り立ちます。そしてこういうことを証明しようとするとき、ガウス和が決定的な役割を演じることになるのです。

少し漠然とした説明になりますが、整数を考える時は必ず足し算と掛け算の2つの演算について考えることになります。そして、その絡み合いを調べようと思うと、頻繁にガウス和が出てくることになるのです。つまり、ガウス和は、足し算と掛け算という演算の交点に位置するかなめの量という性質を持っているのです。大ざっぱに言えば、そういう量の本質を明らかにしようと研究をしています。

簡単にあきらめることは、もったいないこと

学生の皆さんには、努力して学べば理解できる事柄が世の中にはたくさんあるということを、大学時代に再認識してもらえればと思っています。本学の学生諸氏は素直な人が多いのですが、そのせいか物事の理解を簡単にあきらめてしまう傾向もあるようです。あきらめることが妥当な場合もありますが、もし自分にはその能力が無いと誤って感じた結果あきらめたというのならば、それは少し悲しいことです。もしそのような無力感があるとすれば、それは今まで他人の能力との比較の中で誤ってそう感じるようになっただけかも知れないし、必ずしも絶対的な事実ではないかも知れないのです。自分にはこの世界の色々なことを理解する能力が基本的には与えられているはずだと思うところから出発してみて欲しいと思います。

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