理学部 生物科学科
西谷 和彦 教授
Nishitani Kazuhiko

研究分野 植物生理学、植物細胞壁生物学

生年/1953年
出身地/大阪府
家族構成/妻(同居)、独立した子供3人(別居)、パグ犬(同居)
子供の頃の夢/小学校5年生の時から、ずっと生物学者になろうと思っていました
尊敬する人/人の為に自身の欲望を抑えることのできる人
愛読書/日本の中世の隠者文学
休日の過ごし方/金曜日までにやり残した仕事。時々女房と外食
好きな映画/溝口健二、小津安二郎、黒澤明、フェデリコ・フェリーニ
好きな音楽/モーツァルト
好きなTV番組/小学6年生(1965年)の時に放送されていたNHK教育テレビ「みんなの科学」これをみて科学者になろうと思いました
好きな食べ物/最近は脂質の少ない食べ物
好きな国/日本

理学部 生物科学科 西谷 和彦 教授

「植物を学ぶ」のではなく「植物に学ぶ」。
植物の目を通して、自分を客観的に知ろう。

動物も植物も、生物はすべて「考える」

科学という学問の目的は、できるだけものごとを客観的に観察し、そこに法則性や普遍的なルールを見いだすことです。たとえば無機物質や天体を研究するとき、自分の人生や健康とは直結しないただの現象として、客観的にそれらを見ることができます。ところが私たち人間は生物ですから、「生物学」という分野においては自分自身も研究対象になってしまう。このように、科学という枠のなかで「生物学」は特殊な存在なのです。

では生物である人間が「生物学」を深めていくこと、すなわち自分自身について客観的に考えることは本当に可能なのでしょうか。それ以前に、そもそも「考える」とはどういう行為なのでしょう。私たち人間は、いろいろな局面でものごとを「考え」ます。たとえば就職の面接試験でなにを答えるか。地震にあったときにどう対処するか。恋人からのプロポーズを受けるか受けないか。ひとつの決断に向けて私たちが「考える」行為は、つきつめれば自己の生存や繁殖につながる、いわば生存戦略です。それはアサガオがつるを伸ばして支えにくるくると巻きつき、本体を支えて成長していくことと本質的には同じこと。人間に限らず、動物も植物も昆虫も、すべての生命は自身の生存戦略を考えている。すなわち「考える」というのは、全生物に共通した現象なのです。

そして、すべての生命の「考える」目的が自己の生存戦略であるならば、「考える」という行為は自己中心的なものです。「科学」もまた、「人間の頭の中」で作ったものですから、当然ながら人間中心の世界観に基づいています。これは科学の目指す「客観的に物事をとらえる」という方向とは、根源的に矛盾があるわけです。そこで私たちが「科学的」に、いいかえれば「より客観的」にものごとを見るためには、中心になる自己の範囲を広げていく必要があるのです。

植物を学ぶことは、「植物の目」を手に入れることでもある

私は大学で植物学を専攻したときに、科学者としてとても有利な研究材料を選んだなと思いました。なぜなら植物を学ぶことで、自分たち人間とはまったく違う生存戦略を知り、世界をより客観的に見ることができるからです。

地球の陸上を覆っている生物の大部分は植物です。植物は5億年ほど前から陸上に進出しはじめた生物で、陸上に進出する上でもっとも重要な役割を果たしたのが植物が独自に進化させた細胞壁です。植物細胞壁とは、綿や紙、麻、木材などの元になる植物細胞の構造です。私は植物生理学者として、この細胞壁を役割と応用の両面から研究をしていますが、近年、研究対象にしているのがネナシカズラという植物です。

ネナシカズラは根を持たず、自分では光合成もせずに、他の植物に寄生して生きる茎と花だけの植物です。別の植物の茎にからまってそこに吸盤を差し込み、宿主の道管と篩管(しかん)から水や養分を吸い取って花を咲かせて種を作って生きています。そしてネナシカズラは、風が吹くと飛ぶこともできるのです。風でちぎれた茎が飛ばされて別の植物のそばに着くと、そこでまた宿主に巻きついて生きていきます。このネナシカズラと同じような生態の植物は地球上に100種類くらいあることがわかっています。ネナシカズラがなぜそういう生き方を選んだのかはわかりませんが、その方法でそれなりに共存できているということは、ある種、生きやすいということなのでしょう。もしかすると数千万年後の世界は、こういう植物が中心になっているかもしれません。私はいずれ、彼らが少しずつ形を変え、滑空飛行できるようになって、もっと遠くまで空を飛ぶ植物になるのではないかとも思っています。

こうした生存方法の多様性は、植物に限ったものではありません。人間は若いうちに恋をして繁殖して、その後も長生きしますが、セミは人生の最後に恋をしてすぐ死んでしまう。この二つを比べるとまったく違う一生ですよね。植物学や昆虫学を学ぶのは、このように人間とは大きく違う生き方をしている植物や昆虫の目を持つということ。それは自己の範囲を広げ、より客観的な目を持つことでもあるのです。

社会生活にも研究にも大切な「人間力」

植物の種類やそのメカニズムを解き明かす。あるいは分子レベルで植物を調べていく。このように純粋に植物を研究すること自体は基礎科学として重要です。けれど私はこうした「植物を学ぶ」こと以上に、「植物に学ぶ」ことが大切だと思っています。単に植物の生態を知識として身につけるだけでなく、植物という私たちとは違う生物の生き方を学ぶことで、私たち自身の生き方を見つめ直す。昔から「外国語を学ぶことは、母国語を学ぶことでもある」という名言がありますが、それと同じです。植物の生き方を学ぶことで、自分自身が何者かということを学ぶ。植物の目を通して見ることで、自分を客観的に知ることができると思うのです。

私は「人間力」をつけることを大学での最も重要な目標にしてもらいたいと思っています。「人間力」とは、周囲の人間といい関係を築けること。そう考えると「人間力」の最も重要な要素は、相手の考えを理解することと言えるでしょう。人の話に同意するかしないかは別にして、その人が何を考えているかを理解することがコミュニケーションの基本です。そのために大切なのは、まずは客観的に自分を知ること。それができれば周囲の人間といい関係を築くことができるはずです。

私は理学部で生物科学を通して学生を育てる立場にありますが、「人間力」は研究の根本としても大切です。万人がどのように考えているかを理解できなくては、科学の成果を発信することはほとんどできません。

自分が自然について考えたこと、あるいは、実験により明らかにした事実の重要性を万人に理解されるような「言葉」で伝えることが科学です。

中学1年生のときに父親に買ってもらった顕微鏡
1966年、中学1年生のときに父親に買ってもらった顕微鏡。当時はまだ自分で微生物を培養するのは難しかったので、図鑑を片手にプランクトンの観察に熱中していました

Nehemiah Grewの“Plant Anatomy”
ロンドンの稀少本カタログで見つけた、植物顕微解剖学の創始者であるNehemiah Grewの“Plant Anatomy”。1681年に王政復古後のロンドンで出版された革張りの古書です