法学部 法律学科
金子 匡良 教授
Kaneko Masayoshi

研究分野 公法学

生年/1969年
血液型/AB型
出身地/東京都(10歳までは東京と埼玉を行ったり来たりしていました)
家族構成/妻と2人の子ども
子供の頃の夢/政治家だったり、弁護士だったり、はたまた物理学者だったり・・・
休日の過ごし方/家族サービス
好きな映画/アクションものではないスパイ映画
好きな食べ物/辛いもの全般
好きな国/とりあえず日本(他の国に長期間住んだことがないので)

法学部 法律学科 金子匡良 教授

憲法というのは“国民”ではなく“国家”を縛るためのもの。
そして、それを握っているのは自分たちだという意識を持とう。

人権が「保障される」とはどういうことか

日本の憲法には、いろいろな人権が規定されています。そこで多くの人々は「憲法に書いてあるのだから、自分は人権を保障されている」と考えてしまいがちですが、憲法に「書いてある」ことと、それが「保障されている」というのは実はまったくの別問題です。

例えば、今の日本の法律では、いじめによる自殺に関して親が裁判を起こそうと思っても、学校やいじめた相手、その子の親に対して損害賠償を請求することしかできません。お金なんかいらないから、実際に何が起きたのか事実が知りたい。あるいはそれを調査してもらったうえで謝罪をしてほしい。そういう希望があっても、それは請求できないのです。結果、仕方なく賠償金を求める形の裁判になり、「自分の子どもの死をネタにしてお金を取ろうとするのか」というような陰口をたたかれることもあります。セクハラで会社を訴えた人も、医療過誤の裁判もすべて同じです。本来、「加害者の謝罪」や「真実の究明」など、さまざまな救済の形を可能にしておいて、そこから被害を受けた側が納得いくものを選択できるようにするのが本質的な「人権保障」であるべきなのに、日本ではお金という形でしかそれを受けられない。このように「人権が保障される」というのは「人権侵害を受けた人が納得のいく救済を受けられる」ということであり、そのためのいろいろなルートが社会のなかに存在するということです。私はそうした問題に関して当事者目線でどのような救済が必要なのかということを考え、人権を保障するための法・政策・制度について専門に研究しています。

憲法は“国民”ではなく“国家”を縛るための鎖

さて、それではそもそも「憲法」の役割とはいったいなんでしょうか? 私は授業でよく「国家というのは番犬のようなもので、国民の役に立つことも多いけれど、しっかりしつけておかないと、国民に噛み付くこともある。そうならないように、国家をきちんと縛っておくための鎖が憲法なんだよ」と説明しています。そして、その鎖を握っているのは私たち国民です。国家は法律を作ったり裁判をしたり犯罪者を捕まえたりしてもいいけれど、それはあくまでも国民が作った「憲法」というルールのなかで、というのが「立憲主義」や「国民主権」ということなのです。日本にあるすべての法のなかで、憲法だけが改正時に国民投票を必要とするのはそのためです。

それほど重要なものにも関わらず、日本人は自国の憲法についてあまり知りません。一方、欧米では憲法に関する教育がしっかり行われていて、国民の多くが憲法に何が書かれているかをよく知っています。だから他国の人から自国の憲法を悪くいわれると怒りますし、日常会話のなかに「それって憲法違反じゃない?」というような話が出てくることも多いそうです。これは国の歴史や成り立ちによるところが大きいと思いますが、欧米では国家というのは「自分たちが造ったものであり、自分たちの権利を守るためにあるもの」という意識が強いです。ところが日本では「たまたまこの国に生まれて、幸い衣食住には困らないから国の言うことを聞いておこうかな」というような意識の人が多いのではないでしょうか。だから「自分たちで憲法という鎖をちゃんと持っておくべき」という実感が薄いのです。けれど、例えば国民がそれを意識しないまま「憲法改正」が行われれば、本来、国家を縛るべき憲法が国家にとって都合のいいものになってしまう可能性もあります。ですから私たち国民が「憲法って何なの?」「何のためにあるの?」ということを皆で話し合ったり知ったりすることは、とても重要なのです。

自分だったらどうするか? を考えるのが大学

私が担当している授業「憲法Ⅰ・Ⅱ」は大教室で行われる、いわゆる「マスプロ授業」です。しかし、大学で初めて学ぶ憲法科目ですので、プリントを用いながら、まずは憲法がどのような役割を持っているのかというところから始め、実際にそこには何が書いてあるのかということを、なるべくわかりやすく説明していきます。

これは授業で紹介することもあるのですが、愛知大学の学生さんが、自分の言葉で憲法を分かりやすく書き直して、ネット上の掲示板に載せています。(近々、『日本国憲法を口語訳してみたら』というタイトルで出版もされるそうです。)たとえば、憲法前文の出だし部分「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し‥‥」を、「俺らはちゃんとみんなで選んだトップを通じて‥‥」というような口語体の文章に直すことで、わかりやすいだけでなく、憲法がとても身近に感じられるようになっています。機会があればぜひ、読んでみてください。私も授業を通して日常生活と縁遠く思われがちな憲法やその他の法律を、自分の問題として身近に感じてもらえるようにしていきたいと思っています。

中学や高校での授業と違い、大学の授業は、そこで学んだ知識が社会に出たときに直接役立つとは限りません。それゆえ、大学に通い始めてしばらく経つと、なぜこんなことを学ぶ必要があるのか? そもそも大学に通う意味があるのか? といった疑問を持つ人も少なくないかもしれません。しかし、大学の授業は、単に知識を学ぶ(覚える)ためにあるのではありません。大学の授業は、知識を使って自分なりの考えをまとめたり、それをわかりやすく人に伝えることを学ぶためにあるのです。そして、そうした能力は、将来どんな仕事に就いたとしても、必ず必要になるものです。ですから、大学の授業では、常に「自分だったらどう考えるか?」「自分だったらどう伝えるか?」ということを意識してください。それこそが大学で学ぶ醍醐味なのですから。

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