法学部 法律学科
安田 常雄 教授
Yasuda Tsuneo

研究分野 日本近現代史、オーラルヒストリー

生年/1946年
出身地/東京都
趣味/映画鑑賞

法学部 法律学科 安田常雄 教授

市井に生きた普通の人々の歴史を知るために、
「聞き書き」は必要不可欠なツールです。

オーラルヒストリーは「普通の人々の歴史」を語るもの

通常、歴史学は公文書などの文献をもとに組み立てられた、いわゆる“文献史学”を中心に据えています。しかし最近になって、関係者から直接聞き取り(インタビュー)をした記録をまとめた“オーラルヒストリー”の重要性が語られるようになってきました。

オーラルヒストリーは英語で言うところの「People’s History」−私は日本語で「民衆史」と言っていますが、要するに「普通の人々の歴史」を考えるのに非常に有効な手段です。公文書などの文献にあたるだけでは、当時の普通の人々がどのような暮らしをしていたか、ある出来事に関してどのような考えを持っていたか、ということはなかなかわからないからです。しかも現代史においては、その歴史を知る人がまだ生きている。文献資料だけに頼らなくても、当事者に直接話を聞き、それによって歴史を更新していけるのです。そのため、こうしたオーラルヒストリーの手法を組み込むことは、歴史学の新しい方向性を模索するという点において非常に重要だと言えるでしょう。

もともと民俗学では「聞き書き」という手法はあたりまえに行われていましたが、歴史学では未だに公文書などの資料の方が信頼性は高く、聞き書きはランクが下がる、という捉え方がなされています。歴史民俗資料学研究科を擁する本学は、民俗学の手法を歴史学に橋渡しするという意味も込めて、数年前にオーラルヒストリーの科目を新設しました。聞き書きに加えて映像や写真、音などのいわば「非文字資料」。今後、歴史学を考える際に大切なポイントになってくるであろうそれらを活用しながら歴史を考え直していこうというのが、本学の歴史学のひとつの方向性です。

ベトナム戦争をオーラルヒストリーで読み解く

私が担当している「オーラルヒストリー特論」では、文献や映像などさまざまな種類の聞き書き資料に直接触れることで、それが歴史をどのように描き出しているかを考察し、新しい歴史の見方とその方法としてのオーラルヒストリーの意味を捉える力を身に付けることを目指しています。

過去の授業では、岡本達明さんという方が地元の人々の声を聞いて公害問題が起きる以前の水俣地域の姿を描き出した『聞書水俣民衆史』や、アメリカの有名なインタビュアー、スタッズ・ターケルが第二次世界大戦に関して老若男女、立場を問わずさまざまな人々にインタビューをしてまとめた『「よい戦争」“THE GOOD WAR”』といった本を取り上げました。本年はベトナム戦争をテーマに、マイラ・マクファーソンという女性がまとめた『ロング・タイム・パッシング―ベトナムを越えて生きる人々』という聞き書きの本を題材にしています。戦争というのは戦場で戦っている兵士たちだけではなく、社会のなかにも浸透していくもの。特にベトナム戦争はアメリカ国内でもその是非が揺れ動いていました。この本は帰還兵だけではなくその家族や反戦運動をやっていた若者などさまざまな人々の証言から、戦争がどのように社会に広がっていくかを浮かび上がらせたもの。並行してオーソドックスな方法で書かれたベトナム戦争史も読むことで、文献に基づく歴史と聞き書き的な記録からわかる歴史では、同じベトナム戦争でも見える姿が違ってくるということを認識し、同時にその違いが持つ意味を解明していきたいと考えています。

また後期の授業では、ベトナム戦争の記録映画「ハーツ・アンド・マインズ」「ウィンター・ソルジャー」などの映像資料も取り入れていきます。

聞き書きで大切なのは「何を、どれくらい知りたいのか」をはっきりさせること

いわゆる文献史学においては、「事実は何か」ということを重要視します。けれど普通、その時代を生きている人々は、何らかの出来事について「それが事実かどうか」ということよりも、むしろその出来事を体験したときに自分のおかれていた状況や感情を覚えているもの。ですから、いわゆるオーソドックスな形で描かれた歴史に対して、実際にその時代を生きてきた人たちは全く違うイメージを持っていることは数多くあります。

ある出来事がいつどこであったという事実は確定していたとしても、そこから浮かびあがる歴史像はひとつに特定できない。現代史というのがいつもどこか揺れているのは、そのせいです。そしてもうひとつ、歴史というのは解釈する側が自身の時代をどう生きているかということも意外と反映されるのです。すなわち我々が今の時代をどう生きているか、ということが歴史像を描くときにも影響するということですね。

私は本来、歴史というのはそういう「揺れ」を組み込んだ形で描かれていく必要があるのではないかと思っています。本学で学ぶ皆さんには、まずは文献史学的な歴史の捉え方と、聞き書き的なそれとでは見える姿が違ってくること、そしてそのことが持つ意味を考えて欲しいと思います。さらに授業を通して「人に話を聞くときにはどうしたらいいか」ということも学んでください。実際に聞き書きをするときに大切なのは「どのくらいのことを、どういう問題意識を持って、どんな風に聞きたいのか」をはっきりさせておくこと。それを自分のなかで固めておかないと、誰に聞いても同じ答えが返ってくるようなインタビューしかできません。人に話を聞くときには、自分が何を、どれくらい深く知りたいのか、ということをはっきり意識しておくことが大切なのです。

79年に出版された初めての著書『日本ファシズムと民衆運動』
1979年に出版された初めての著書『日本ファシズムと民衆運動』。大正から昭和にかけて長野県で社会運動をやっていた方々に話を聞いて回ったフィールドワークをまとめたもの

『歴博フォーラム 戦後日本の大衆文化―総合展示第6室〈現代〉の世界3』(国立歴史民俗博物館)
日本の歴史と文化を古代から現代まで通史として展示することを目的に1981年に設立された国立歴史民俗博物館。安田常雄・国立歴史民俗博物館編『歴博フォーラム 戦後日本の大衆文化 総合展示第6室〈現代〉の世界3』(東京堂出版)は、私が手がけた「現代史」展示の開室準備の記録をまとめたもの。大衆文化をテーマにゴジラのミニチュアや邦画のダイジェスト映像など、いろいろと工夫をこらした