人間科学部 人間科学科
小馬 徹 教授
Komma Toru

研究分野 文化人類学、社会人類学、アフリカ研究、日本研究

生年/1948年
出身地/富山県
血液型/不必要です
家族構成/妻、一男一女
趣味/絵画鑑賞(時に製作)
愛読書/特になし(濫読)
休日の過ごし方/読書、散歩(急歩)
好きな音楽/ユーミンの曲(『ユーミンとマクベス』を刊行)
好きな食べ物/鮎、鰹をはじめとする魚介類
好きな国/アフリカ諸国

人間科学部 人間科学科 小馬徹 教授

世界のありとあらゆるものに新鮮な驚きの目を向けること。
そして自分の常識を疑うこと。思い切って言えばそれが人類学です。

人類学者は人間のすべてが研究対象

日本各地の地方史(誌)、スワヒリ語、相撲、河童、ユーミン、交換論、放屁論――。

一見、相互になんの関わりもないこれらの事柄は、実はすべて私が研究テーマにしてきたものです。これまでに書いた著作は数十冊、論文は200本以上になるでしょうか。きわめて守備範囲が広く、いろいろなことに目が行ってしまうのが私の個性のようなものかもしれません。

人類学というのは、人間のしていることすべてが研究対象です。そして自分があたりまえだと考えていることが、別の場所ではあたりまえではないと知ること――すなわち「自分の常識を疑うこと」がとても重要です。そのためには、できれば研究対象の社会で人々と一緒に生活をしてみることです。不思議なことを次々に発見するはずです。そして細部にこだわって、いろいろなことをやってみる。そうして実際に見知ったものを、時には上から俯瞰して全体像を掴む。この両極を行き来することで、その文化の内側から世界を見通すことができるようになるのです。

そういう人類学の手法が私の肌に合っていたのでしょう。知らない人が見れば何の脈絡のなさそうな諸々の研究成果も、古くからの知り合いの目には一貫性があるように映るそうです。

シェン語で「トーキョー」はどういう意味?

もっとも、何にでも生々とした関心を抱くのは、ケニアのキプシギスの人々と一つの世界を丸ごと共有しているからです。それが私の研究の大黒柱なのです。1979年以降、毎年のようにケニアを訪れ、キプシギシス民族の植民地化からの歴史的変化を総合的にまとめようとフィールドワークを行っています。これは私のライフワークですね。

また、最近ケニアで新たに生まれつつある言語「シェン語」と若者文化についての研究も進めているところです。「シェン語」はいわゆるブロークンな混成言語で、もともと植民地支配のために東アフリカ三国の公用語として創られた「標準スワヒリ語」の権威への反発から生まれ、一人ひとりの「この胸の他ならぬ思い」を自分なりに表現しようとするもの。文法の基本はスワヒリ語ですが、単語の音節の順序を入れ替えたり、英語の俗語や部族語を取り入れたりして、都会の若者たちが「なくてはならない言葉」として日々の暮らしの中から生み出し、育てている言葉です。

ケニアでは現在、経済や社会の自由化が進められています。その一環に電波の開放があり、1990年代初めに新しいFM局がたくさん生まれ、エイズ撲滅キャンペーンに使われたり、政治家がキャッチフレーズに使ったので、シェン語が一気に広まったのです。シェン語は都会生まれの言葉なので、田舎の若者のなかには、バカにされないためにまずシェン語を身につけてから都会の学校へ行こうとする人もいるほど。最近ではシェン語を使った国民文学も生まれつつあります。このように新しい言語が目の前でどんどん成長していく様子は、見ていて本当に面白いものです。ちなみにシェン語で「トーキョー」というのは、私のように(ケニアの人から見ると)「背の低い男」のことです(笑)。

世界をはじめから生きるように学ぼう

以前、私はこんなことを書きました。

―― H・ソローは「子供はみな世界をはじめから生きるのだ」といいましたが、文化人類学者とは、その子供をもう一度はじめから生きようとする者のことです。


人類学の実践とは、世界のありとあらゆるものに「はじめて」触れて成長していく子供と同じように、驚きに満ちた目線を世界に向け、自分の周りに世界があることの不思議さを感じとることです。

神大の『学生生活実態調査報告書』によれば、学生たちの多くは全国各地から集まってきた友人たちが持つ多様な価値観に出会えるこの大学の環境そのものを、大きな魅力として挙げています。これもまた或る意味で「世界をはじめから生きる」ことと言えるでしょう。大学は直接的な職業教育の場ではなく、もっと大きなものの考え方や人生について学ぶ場であると思います。実際、学部で学べる専門知識はごく限られたものです。そして専門分野では、その細部に通じていることは当然であり、そこでも本当に切実に求められているのは専門を超えた広い視野と深い洞察力なのです。

ですから学生の皆さんには、たとえ細部は忘れ去ってしまっても、人生のいろいろな局面で決断を下そうとするときに、自分の血となり肉となってあと押ししてくれる「何か」を求めて、さまざまな「はじめて」に触れる新鮮な驚きに導かれて、学んでいって欲しいと思います。

『田主丸町誌』(全三巻)
『田主丸町誌』(全三巻)は、福岡県の小さな町の歴史を筑後川流域全体の地域史として人類学的手法で読み解いたもの。評価の高い第一巻「川の記憶」の大部分を執筆。地方史としては画期的なことに「毎日出版文化賞」「西日本文化賞」を受賞。装丁や写真の使い方なども新鮮で、本としても美しい

河童信仰について、他に全く類例のない厖大な古文書群を解読した『渋江公昭家文書目録』(一〜三)
河童信仰について、他に全く類例のない厖大な古文書群を解読した『渋江公昭家文書目録』(一〜三)。歴史民俗資料学研究科の院生たちと、歴史資料と民俗学的伝承をどう接合すればより総合的に人々の経験を洞察し、叙述できるのかを、この古文書群を柱として研究中