外国語学部 国際文化交流学科
伊坂 青司 教授
Isaka Seishi

研究分野 ドイツ観念論哲学とロマン主義、生命倫理、文化比較論

生年/1948年
出身地/三重県鈴鹿市
子供の頃の夢/法律家
尊敬する人/尽きせぬ研究対象としてのヘーゲル
愛読書/渡辺淳一の小説、和辻哲郎の哲学書
趣味/陶芸、釣り、音楽鑑賞
休日の過ごし方/庭仕事
好きな映画/「風の谷のナウシカ」「マディソン郡の橋」など
好きな音楽/クラシック音楽
好きなTV番組/韓国のドラマ「冬のソナタ」「朱蒙(チュモン)」など
好きな食べ物/活け造りの刺身、自分で揚げた天ぷら、そして日本酒
好きな国/ベルギー

外国語学部 国際文化交流学科 伊坂青司教授

愛の変容(メタモルフォーゼ)を学ぶことで、
現代の愛のカタチも見えてくる。

時代や国によって異なる“愛”の形

僕が国際文化交流学科で担当している「文化比較論II」は、“愛の文化比較”がテーマです。時代の移り変わりや国の違いによって異なる愛のあり方を、歴史をたどりながら比較し、現代の愛に光を当てたいと考えています。

例えば古代ギリシャにおいて、「愛」というのは「美」への憧れでした。だからアフロディーテは愛と美の女神なんですね。それがキリスト教の時代になると、神が父なる存在になっていく。権威としての神=父親から愛されたいと思っても、愛を得るのは難しい。そこで神の子であるキリストと母・マリアとの母子愛がセットになるのです。さらに近代になると、個人と個人がどう愛し合うかということがテーマになり、これがいわゆる“ロマンティック・ラブ”と呼ばれるものです。近代という時代では権威から解放されて、一人ひとりの人間が独立することが大きな課題でした。そこで個として独立して特定の愛する他者と一つになりたいというのが“ロマンティック・ラブ”の理想なんですね。この理想は、現代の愛にまでつながっています。

このように、時代によって形を変えていく“愛のメタモルフォーゼ”を学ぶことで、今の時代の愛がどういうものなのかということも見えてくるのです。講義ではモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」や映画「マディソン郡の橋」なども素材として使っています。

それから愛は国によっても違い、特に日本の愛の表現は独特です。日本で最初に恋を表現したのは『万葉集』の和歌 ―― 相聞歌と呼ばれるものですが、そこではほとんどが自然の現象に恋心を託して詠われています。夜露のようにあなたの肌にまとわりつきたいとか、茜色に自分の気持ちを重ねるとか、自然現象に自分の気持ちを託すのは、日本独特の愛の表現と言えるでしょう。現代の我々もこのような日本の伝統を生かしたいですね。

時代ごとの絵画を絵解きして、ヨーロッパ文化を理解

もう一つの講義「国際文化論IV」では、ヨーロッパの主要な都市を取り上げ、その都市の芸術作品をバーチャルに鑑賞しながら、ヨーロッパ文化を理解していくことを目指しています。ヨーロッパの街そのものが芸術作品ですし、そこには必ず美術館があって、時代順に彫刻や絵画が展示してあります。講義ではギリシャのアテネから始まって、イタリアのローマ、バチカン、フィレンツェ、そしてベルギーのブルージュやブリュッセル、オランダのアムステルダム。さらにフランスのパリ、ドイツのベルリン、ミュンヘンというようにヨーロッパの都市を巡って、美術作品を時代を追いながら鑑賞していきます。

僕は中学、高校、大学とずっと美術部に入っていたので、もともと絵が好きなんです。旅行先では必ず街や美術作品の写真を撮ってきて、それを授業で使っています。ですから僕の講義は、パワーポイントで絵画や彫刻、建築物などのさまざまな芸術作品を鑑賞し、それを通して多彩なヨーロッパ文化を理解するという内容になっています。言わば絵解きみたいなものですね。

他にも横浜キャンパス共通の科目として「哲学概論I・II」を担当しています。テーマは「愛」と「生命」です。授業はどうしても受け身になりがちですので、授業で関心を持ったことについて、是非とも自分で調べ、そして文章にする訓練をしてもらいたいと思います。文章にするということは、自分で考えるということであり、自分の考えを客観化することにもなりますから。

自作の茶碗
この釉薬の色に一目惚れして弟子入りした窯元で作った、自作の茶碗。北鎌倉にある窯元「陶」へは年に数回通い、作品数は100点を超えた。土はその特性を活かしてあげないとだめ。自分の思うように形を作ろうとか、わがままな気持ちが先に立つとうまくいかない。ちょうど恋愛と同じですね(笑)

著書『ヘーゲルとドイツ・ロマン主義』
博士論文をもとにした著書『ヘーゲルとドイツ・ロマン主義』(御茶の水書房 2000年)。表紙は好きな絵にして良いと言われたので、ドイツ・ロマン派を代表する画家・フリードリヒの「教会のある冬の景色」(1811年)を選んだ。研究書というよりは文学作品のような、しっとりとした雰囲気の装丁に仕上がっている