外国語学部 中国語学科
鈴木 陽一 教授
Suzuki Yoichi

研究分野 中国文学、中国文化

生年/1950年
出身地/東京都世田谷区
家族構成/母+妻+息子二人
趣味/遊び全般、乗り鉄
子供の頃の夢/外信部の記者をしながら本漬けで暮らすこと
尊敬する人/誠実な人、利口ぶらない賢い人
愛読書/『西遊記』『東海道中膝栗毛』、山口瞳・小林信彦の著書、漫画(手塚治虫、いしいひさいち)
休日の過ごし方/半死半生
好きな映画/「幕末太陽傳」「白蛇伝(アニメ)」「黄色い大地」「となりのトトロ」
好きな音楽/ビートルズ、M.デイビス、60年代FOLK(フォーク)、バロック音楽+ハイドン
好きな(好きだった)TV番組/「ひょっこりひょうたん島」「てなもんや三度笠」「シャボン玉ホリデー」
好きな著名人/たくさんいますが、小山内美枝子(金八先生の原作者)は立派な方ですね
好きな食べ物/安全な素材を手際よく調理したものなら何でも。高級料理屋の見栄えばかり立派なものは好きではありません。若者の好きなファストフード、ラーメン屋もご勘弁かな
好きな国/「場所」であれば、生まれ育った場所だけでなく、世界中至る所に、行ってみたい、住んでみたい場所がたくさんあります。「国家」ということであれば、日本も含めて、嫌いな国の名前が山ほど浮かんできます

外国語学部 中国語学科 鈴木陽一 教授

表通りを歩いていても、たまに路地や横丁に入ってみる。
そんな小さな好奇心が、大きな学びにつながります。

落語、ときどき源氏物語、のち西遊記

中学生〜高校生の頃、当時は貴重な娯楽だったラジオで聴いた落語に惹かれ、高校〜大学時代は落語研究会で活動し、また、高校時代は『源氏物語』に興味を持ち、放課後に読書会を開いて、古典文学の中で男女の恋愛話を楽しんでいました。大学では国文学を学びたいと考えて進学し、1年生の語学の授業で、日本の文学と深い関わりのある中国語を選択したことが、現在の専門に進むきっかけになりました。

学部卒業後は大学院に進み、主に中国の古典文学『西遊記』を研究テーマにしました。『西遊記』は、唐の僧・三蔵法師が、幾多の苦労を乗り越え、17年の歳月をかけて天竺に行き着き、経典を持ち帰るまでの物語です。孫悟空はじめ、妖怪や神、仏まで登場するキャラクターはいずれも個性豊かで、笑いが満載された大長編傑作であり、また、たとえばひとつの言葉に二つ以上の意味が隠されているといった、言葉の遊びも随所に散りばめられています。

『西遊記』は、長い年月をかけ、多くの人の手によって紡がれました。現在の形にまとめられ、出版されたのは16世紀頃とみられています。この頃、すでに世界では貿易が盛んに行われ、中国社会はいわゆる“バブル”の絶頂でした。あふれたお金は文化産業に回され、『西遊記』のほか『三国志』や『水滸伝』などが出版されたのもこの時代です。これらの書物は輸入によって日本にももたらされ、翻訳出版されたり、中国語のテキストとして使用されました。世界の貿易の豊かな実りが、鎖国をしていた当時の日本文化にも大きな影響を与えたことになるわけです。

日本と中国文化の長く深い関係

このように、江戸時代から日本と中国文化には深いつながりがありました。たとえば、この時代に中国から輸入された書物の笑い話の中に、落語の元ネタとなるものがあったり、歌舞伎の演目に登場する、「絶景かな、絶景かな」の台詞で知られる石川五右衛門が、実は明国の高官の子供であったという話があるなど、多くの足跡が見られます。紀行文集『奥の細道』を書いた松尾芭蕉は、美しい松島の風景を見て「中国・杭州の西湖に勝るとも劣らない」と記しましたが、これは芭蕉が実際に西湖を見たのではなく、絵画などから受けた印象にすぎません。そして、読者もこの表現を理解していることから、当時の人々がいかに中国文化に親しんでいたかが分かります。

担当している「中国文化」の授業では、こういった話を含めながら講義し、中国文化を学んでもらいます。そして、中国文化の影響を色濃く受けた日本の文化がどういうものなのか、どのような良さがあるか、といったことも考察してもらいたいと思っています。また、「中国文学」の授業では、たとえば、中国の古代〜現代の恋愛文学を取り上げ、恋愛が個人のものになった近代と、それ以前の恋愛との違いについて考えるなど、学生の皆さんが興味を持ちそうな、さまざまなジャンルの文学を紹介しています。

仕事は遊びのように面白く、遊びは仕事のように真剣に

これから社会に出る皆さんは、諸外国、特に中国をはじめとするアジア各国の人たちと、良好な関係を築いていかなければならないでしょう。そのために必要なことは、相手を知ること、そして日本や日本人が、諸外国の人たちからどのように見られているかを知ること、つまり自分を知ることであり、先人は、その努力をしてきたのだと思います。ただ、それは難しい学問としてではなく、面白そうなこと、楽しそうなことをただ知りたい、という好奇心だったのではないでしょうか。

表通りを歩いていても、たまに路地や横丁にそれ、いろいろなものに触れてみて、感じてみることから始めてみてください。もしそれがつまらなかったとしても、すでにその時、自分の感じ方や考え方に変化が生まれているのだと思います。そして、その小さな好奇心が、いずれ大きな学びに成長していくはずです。“仕事は遊びのように面白く、遊びは仕事のように真剣に”は私のモットーですが、ぜひ皆さんも、いろいろなことを面白がって、真剣に取り組んでください。

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