経済学部 現代ビジネス学科
戸田 龍介 教授
Toda Ryusuke

研究分野 勘定理論(学説)、国際会計、ドイツ会計

出身地/生まれは東京、育ちは北九州市
子供の頃の夢/小学生の頃、ラジオインタビューで同じ質問を受け、なんと「学者」と答えていた
尊敬する人/我が師
休日の過ごし方/子供(2歳)と遊んだ後、図書館へ
血液型/A型
好きな映画/「ブルース・ブラザーズ」(年末必ず観る)、「イージーライダー」(年始必ず観る)、「ブレードランナー」(原作も好き)他にヴィ スコンティ作品
好きな音楽/ジャズ、ブルース。でも今聴いているのは奥田民生
好きな食べ物/美味しいもの、特に酒のつまみになるもの
好きな国/ドイツ(在外研究で1年間滞在した)

経済学部 現代ビジネス学科 戸田龍介教授

目の前のことに一生懸命取り組む人にだけ、
未来は微笑むのだと思います。

会計とは、責任を持って説明すること

会計や簿記と聞くと、どんなイメージを抱くでしょうか。お金の計算?役に立ちそうだけどつまらない?黒い腕カバーをつけて電卓を叩いている?確かに、そんなふうに思われがちです。でも実際は、もっともっと面白いものなのです。

会計という言葉は、英語で“accounting”と言います。動名詞ですから、その原形にあたる動詞は“account”。それを辞書で調べてみると、最初に載っているのは「勘定する、計算する」ではなく「説明する」という意味です。また、もう少し調べていくと「責任を持つ」という意味もあります。つまり「責任を持って説明する」、それが“accounting”の本質なのです。例えば、税金の場合、それをどう使ったか、どう運用しているかということを、責任を持って納税者や関係者に説明する。お金の計算が目的ではなく、計算した結果を伝えることが“accounting”の目的なのです。ですから、会計や簿記は、計算という手段を使って、結果を導き出し、説明するための知識だと言えます。また、これらの基礎的な知識を押さえておかないと、ある程度面白いと思えるレベルの考察や議論はできないのです。学生には、そのことをしっかり理解してもらいたいと思っています。

背景を追究すれば、どんな学問も面白い

会計学にかかわらず学問は何でも、背景にあるものを突き詰めていくと面白くなります。例えば、計算一つとっても、その背景には思想史があります。ローマ数字(I、II、III・・・)は計算には向きませんが、アラビア数字(0、1、2・・・)は並べて計算することができます。この数字は“アラビア ”と呼ばれるくらいですから、アラブからヨーロッパに伝わったものです。しかし、アラビア数字にある「0」の概念は、元々はアラブの思想にはありません。そこからさらに遡ると「0」は仏教の思想、つまりインドが発祥だと分かります。

今、私が研究しているドイツの会計戦略においても同じです。なぜ、ドイツなのかと言うと、日本の会計思想を私なりに理解したいからです。日本は明治維新後、ドイツから会計思想を取り入れ、さらに第二次大戦後にはアメリカの会計思想も入ってきて、ごちゃまぜ状態です。日本の会計思想を知るには、まず、源流であるドイツの会計思想を知る必要があるのです。このように、会計学とは単に会計で数字を出すだけでなく、論理や思想を含め、哲学的、社会学的なアプローチができる学問です。そこが魅力だと思います。もし、これが一日中、電卓を叩くようなものだったら、きっとやめていたでしょうね(笑)。

まずは目の前のことに一生懸命、取り組む

私は、特に大学院進学や会計学の研究を目指していたわけではありません。ところが、たまたま大学4年生の時、ゼミで3年生を教える機会があって。恥をかきたくないからと、がんばって勉強したことが、大学院進学のきっかけとなりました。また、大学院では、尊敬する師のもと論文を書くことだけに必死でした。言ってみれば、ただ目の前のことに一生懸命、取り組んできただけです。それでも、偶然というきっかけは必ず訪れるものだと思います。ただし、目的は明確ではないにしろ、何かを掴む準備をしている人に対してです。ですから、例えば、目標が見い出せずに悩む学生が、90分間の講義をつまらないと思って過ごすのか、何か面白いものはないかと集中して聞くのか。そんなことだって、大きな差を生むのだと思います。

目の前のことに一生懸命取り組む人にだけ、未来は微笑みます。大学では、勉強でも遊びでも何でも一生懸命やってみましょう。きっと、そこから何かが始まるはずです。

サッカーグッズ
ドイツのサッカークラブ「VfLボーフム」のグッズ。元々サッカー好きというわけではなかったが、在外研究で一年間、ボーフムに滞在したことからすっかりファンに

勉強ノート
大学4年生の時、ゼミで3年生を指導するために使っていた勉強ノート。指導合宿での発表が恩師の目にとまり、大学院進学を勧められた